日本の道路を運転する際、私たちは当たり前のように「左側」を走っています。しかし、世界に目を向けてみると、アメリカ、フランス、ドイツ、そして中国など、世界の大国や大陸続きの国々の多くは「右側通行」を採用しています。
なぜ、日本は少数派である「左側通行」なのでしょうか? 実はこの背景には、日本の武士道や、遠く離れたイギリスの騎士たち、さらにはあの歴史的英雄ナポレオンまで絡む、壮大な歴史ミステリーが隠されているのです。
今回は、教習所の学科教本には載っていない「交通ルールの歴史とトリビア」についてお話しします。
1. 世界の右・左と、日本の法律のルーツ
現在、日本の法律では1960(昭和35)年に施行された道路交通法(第17条)において、「車両は、道路の中央から左の部分を通行しなければならない」と明確に規定されています。
しかし、歴史を遡ると、それよりもずっと前から日本は左側通行でした。 道路の通行方法が日本で初めて明文化されたのは、1881(明治14)年に警視庁が出した通達です。そこには「人力車が行き合った場合には左に避ける」と記されていました。さらに1900(明治33)年の「道路取締規則」でも、車や馬は左側を通行することが明記されています。
では、なぜ明治時代の日本は「左側」を選んだのでしょうか?
2. 日本が左側通行になった2つの理由
日本で左側通行が定着した理由には、大きく分けて2つの有力な説があります。
- ① イギリス式鉄道説(最有力) 日本の近代化において、最初に開通した鉄道は「イギリス」の技術指導をもとに作られました。イギリスは左側通行の国であったため、日本の鉄道もそれに倣って左側通行となり、その後の道路網も鉄道のルールに合わせたという説です。これが最も有力とされています。
- ② 武士の「鞘当て(さやあて)」説 これは日本の歴史文化に基づく非常に興味深い説です。江戸時代までの武士は、左腰に刀を差していました。もし武士同士が右側を歩いてすれ違うと、お互いの刀の「鞘(さや)」がぶつかってしまいます。これを「鞘当て」と呼び、無用な斬り合いや争いを生む原因になりました。それを防ぐため、武士は自然と左側を歩く習慣(武士道)があったと言われています。自動車が導入された当初、車は高貴な身分の者が乗るものであったため、武士の作法に倣って左側通行になったというエピソードです。
3. ルーツであるイギリスの歴史的背景
日本のルーツがイギリスにあるとして、ではなぜ「そのイギリス自体が左側通行になったのか?」という疑問が湧きます。 実は、古代ローマから中世ヨーロッパにかけては、イギリスだけでなく大陸側も含めて「左側通行」が標準的でした。それがなぜイギリスだけに残り、他は右側通行になってしまったのでしょうか。そこには3つの決定的な理由があります。
- ① 中世騎士の習慣(防衛と鞘当て) 日本の武士と全く同じ理由です。中世ヨーロッパの右利きの騎士たちも、左腰に剣を差していました。左側を通行していれば、敵とすれ違う際に、利き手である右手で瞬時に剣を抜いて戦うことができます。また、鞘同士がぶつかるのを避けるためにも、左側通行が自然だったのです。
- ② 小型馬車の構造と「鞭」の振り方 18世紀の産業革命期、イギリスでは交通渋滞が深刻化し、ルール化が迫られました。当時のイギリスの馬車は小ぶりなものが多く、御者(運転手)は右利きで、右手で鞭(むち)を振るいました。もし右側通行だと、振り上げた鞭がすれ違う対向車の御者や乗客に当たってしまいます。左側通行であれば、鞭は道路脇の壁や生垣に向かうため安全です。こうして1773年、イギリスで世界初となる国家規模の左側通行の法律が制定されました。
- ③ 宿敵ナポレオンへの強烈な反発 これが、大陸側が「右側」になった最大の理由です。フランスでは大型の多頭立て馬車が使われ、御者が左側の馬にまたがって右手で全体を操るため、対向車との距離が測りやすい「右側通行」が合理的でした。その後、フランス皇帝ナポレオンがヨーロッパ大陸の大半を征服し、自国のルールである「右側通行」を各国に強制したのです。 しかし、島国でありナポレオンに征服されなかったイギリスは、「宿敵フランスのルールなど絶対に受け入れない!」と強烈に反発。誇り高く伝統の左側通行を頑なに守り抜きました。
4. まとめ:世界統一は可能なのか?
イギリスがナポレオンへの反発から守り抜いた左側通行のルールは、その後、植民地や技術指導を行った国々(オーストラリア、インド、そして日本など)へと受け継がれ、現代に至ります。
グローバル化が進む現代社会において、ルールの違いは混乱を招くこともあります。安全性の向上や、自動車の輸出入(右ハンドル・左ハンドルの壁)を考えれば、世界基準でどちらか(右側など)に統一した方が合理的かもしれません。
しかし、現実問題として今更変えるのは至難の業です。(※かつて1967年にスウェーデンが左側から右側通行へ一斉に変更した歴史的な日「ダゲン・H」の事例もありますが、大混乱を伴う国家規模の大事業でした)。現在の日本の巨大な交通インフラの標識、信号、道路構造をすべて逆にするのは、現実的に考えてちょっとしんどいですよね。
武士の作法と、ナポレオンへの反発。 私たちが何気なく走っている「左側」には、そんなロマンあふれる歴史が詰まっているのです。たまにはそんな歴史に思いを馳せながら、今日も安全運転で行きましょう。

