今回は、少し時計の針を戻して「過去の日本の道路」についてお話しします。 現代の教習生に昔の交通事情を話すと、「信じられない」「嘘みたいだ」と驚かれますが、これはつい半世紀ほど前の日本で実際に起きていた現実です。そしてその過去は、決して昔話ではなく、現代の「ある深刻な問題」へと地続きで繋がっています。
高度経済成長期の熱気と狂気が入り交じった「交通戦争」の記憶。そこから見えてくる、現代の高齢ドライバー問題の深層心理に迫ります。
1. 1970年、高度経済成長の「光と影」
1970年(昭和45年)。日本中が熱狂した大阪万博が開催され、カラーテレビ、クーラー、カー(自家用車)の「新・三種の神器(3C)」が飛ぶように売れた高度経済成長の絶頂期です。日本が豊かさと未来への希望に満ち溢れていた、まさに眩しい「光」の時代でした。
しかし、その足元には恐ろしい「影」が落ちていました。急激なモータリゼーション(車社会化)が生み出した「交通戦争」です。
この1970年、日本の交通事故死者数は過去最悪の16,765人に達しました。 現在(2020年代)の自動車保有台数は約8,000万台で、年間の死者数は2,000人台です。一方、1970年当時の保有台数はわずか約1,800万台(現在の4.5分の1以下)。それにもかかわらず、死者数は現在の6倍以上という、まさに異常事態でした。
2. 狂気の時代:法と意識の「無法地帯」
なぜ、これほどまでに人が亡くなっていたのか。それは当時の道路が、法律もドライバーの意識も未成熟な「無法地帯」だったからです。
シートベルトは「ただの飾り」 当時はシートベルトの着用義務(罰則)がなく、「息苦しいから」「服にシワができるから」という理由で、ほとんどのドライバーがシートベルトを締めていませんでした。今のように「ピーピー」と警告音が鳴ることもなく、ただの飾りとしてシートの横に垂れ下がっているのが日常でした。
飲酒運転の蔓延 現代では信じられませんが、当時は「ビール2〜3杯なら運転しても平気」「むしろ少し飲んだ方が運転が上手くなる」と本気で豪語する大人がたくさんいました。忘年会シーズンになれば、泥酔したドライバーが平然と街中を走り回っていたのです。
3. 生身の鉄の箱:テクノロジーの不在
そして、車自体の性能も現代とは天と地ほどの差がありました。
安全装備ゼロの恐怖 当時はABS(アンチロック・ブレーキ・システム)もエアバッグもありません。急ブレーキを踏めばタイヤは「キーッ!」とロックしてコントロールを失い、そのまま障害物に激突。シートベルトをしていないドライバーは、硬いステアリング(ハンドル)やフロントガラスで顔面を強打し、命を落としました。
「硬い=安全」という致命的な勘違い 当時の車は「鉄板が厚くて硬い車ほど頑丈で安全」と信じられていました。しかし、車体が潰れないということは、衝突時の凄まじいエネルギーが逃げ場を失い、そのまま乗員の「人体」を直撃するということです。外傷はなくても内臓破裂で亡くなるケースが後を絶ちませんでした。(現代の車は、あえて車体をクシャクシャに潰すことで衝撃を吸収し、人が乗る空間だけを守る『衝突安全ボディー』になっています)。
さらに冬になれば、雪のないアスファルトを「スパイクタイヤ(金属のピンが付いたタイヤ)」が削りながら走り、街中は凄まじい粉塵公害に悩まされていました。
4. 道路という名の「戦場」
車の性能が低いだけでなく、道路環境も最悪でした。 一般道の舗装率はわずか15%程度。少し郊外に出れば泥んこや砂利道が広がり、都市部でもガードレールや歩道が圧倒的に不足していました。
排気ガス(黒煙)を撒き散らす車と、逃げ場のない歩行者や子どもたちが、同じ狭い未舗装路で入り乱れる日々。当時の道路に出るということは、まさに「命がけのギャンブル(戦場)」だったのです。
5. 核心の問い:当時の20歳は今、何歳になっているのか?
さて、ここからが指導員としての私が最も危惧している「核心」のお話です。
この1970年当時、あの狂気に満ちた無法地帯の道路を、新車を買って「イケイケ」で走り回っていた20歳の若者たち。彼らは今、一体何歳になっているでしょうか?
計算すると、彼らは現在「70代後半(後期高齢者)」になっています。
私たちが日々ニュースで目にする、高齢ドライバーによる事故。私は時々、恐ろしい想像をしてしまいます。 「彼らは、あの無法地帯だった頃の記憶や『俺の腕で車をねじ伏せてきた』という運転感覚を持ったまま、今もハンドルを握っているのではないか?」と。
もちろん、50年の歳月の中で法改正に適応し、長年の経験で安全運転を身につけた素晴らしいベテランドライバーも数多くいらっしゃいます。 しかし、心のどこかに「俺たちはあの危険な交通戦争の時代を生き抜いてきたんだ」「昔はこれくらい当たり前だった」という強烈な成功体験と過信が潜んでいないでしょうか。
人の考え方や行動というものは、50年の時を経て、本当に「完全に安全な方向」へとアップデートされたのでしょうか。自動ブレーキや運転支援システムといった現代のテクノロジーを「機械のくせに」と軽視し、自らの衰えた身体能力と過去の「勘」に頼りすぎる姿勢が、昨今の高齢者事故の深層心理に繋がっているような気がしてならないのです。
時代は変わりました。車も、道路も、ルールも進化しました。 長く運転を続けてこられたドライバーの皆様には、ご自身の過去の栄光や経験則を一度リセットし、「今の自分」と「今の時代の交通社会」に合わせた安全意識の再構築(アップデート)をお願いしたいと思います。

