かつての交通スローガンに、こんな言葉がありました。 交通死亡事故「限りなきゼロへの挑戦」。
できる限り交通死亡事故をゼロに近づけようという願いが込められた言葉ですが、皆さんは「本当に交通事故をゼロにできるのか?」と考えたことはありますか。
物理的な話をすれば、答えは「可能」です。全員が家から一歩も出なければ、交通事故は起こりようがありません。実際、コロナ禍で世界中が外出を自粛していた時期、交通死亡事故の件数は一気に下がりました。言ってみれば、あれは「家から出なければ事故は起きない」という壮大な社会実験でもありました。しかし、現実問題として物流や人々の生活の営みを完全に止めることはできません。
では、人間が動き続けるこの社会で、どうすれば死亡事故をゼロにできるのでしょうか。
自動運転の限界と、フィクションの世界
「すべてを自動運転化すればいいのでは?」と考える方もいるでしょう。 つい先月、2026年4月に公開された映画『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』の中で、「ルシファー」と呼ばれる自動運転のバイクが登場し、大きな話題になりました。アニメの世界だけでなく、現実の自動運転技術も日々目覚ましい進歩を遂げています。
しかし、車だけが賢くなっても事故は防げません。道路にはAIを積んでいない自転車や、予測不可能な動きをする歩行者が溢れています。人、車、バイクのすべての動きをシステムで完全に自動制御・管理しない限り、テクノロジーだけで死亡事故をゼロにすることは不可能なのです。
指導員の究極の結論:「全員が私なら事故は起きない」
ここで、少し極端な話をさせてください。 私は現役の自動車教習所指導員です。車やバイクはもちろん、トラック、バス、牽引車、そして二種免許に至るまで、日本の道路を走るすべての免許を所持しています。道路交通法を熟知し、それを自らの運転で実践し、無事故を貫いています。人間である以上「絶対に事故を起こさない」とは言い切れませんが、自ら危険を招くような運転は絶対にしません。
つまり、「もし日本中の全ドライバーが、私と同じ技術、知識、判断力、対応レベルを持っていたら、自ら引き起こす交通事故は限りなくゼロになるのではないか」と思うのです。
「自信過剰だ」と笑われるかもしれません。しかし、すべての運転者が高いプロ意識と知識を持てば、間違いなく今の悲惨な事故の多くは防げるという強い確信があります。
死亡事故をゼロに近づける「6つの本気提言」
全ドライバーのレベルをそこまで引き上げるためには、生半可な対策では意味がありません。あえて「極論」と言われることを承知の上で、本気で死亡事故をゼロに近づけるための6つの具体策を提言します。
① 交通教育の義務教育化(小学校から) 交通ルールは、人が生きていく上で最も身近にあり、最も直接的に「命」に関わる法律です。それを大人になってから教習所で数週間学ぶだけというのは遅すぎます。小学校の段階から、国語や算数と同じレベルで交通教育を義務化すべきです。
② 教習所の卒業難易度の引き上げ 正直に言って、現在の教習所の卒業基準は甘すぎます。一定の時間をこなせば何となく取れてしまう制度を見直し、本当に「安全に道路を走る実力」が備わるまで絶対に免許を出さない、厳格な制度へ移行するべきです。
③ 免許更新ごとの「学科・技能試験」の導入 数年に一度、視力を測ってビデオを見るだけの更新制度は廃止すべきです。ペーパードライバーの危険性や、高齢による機能低下を確実に見極めるため、更新のたびに厳しい学科試験と技能試験を課し、合格できなければ更新不可とする仕組みが必要です。
④ 加害者に対する厳格な「再教育制度」 自らの過失で交通事故を起こした(加害者となった)人間には、二度と同じ過ちを繰り返さないよう、徹底した再教育を強制的に受講させる制度を設けるべきです。事故と向き合うことから逃げさせてはいけません。
⑤ 違反反則金の大幅な増額 現在、ちょっとした違反の反則金は数千円〜高くても数万円程度です。これでは「運が悪かった」で済まされてしまいます。反則金を「支払うのが本当に痛手となる金額」まで大幅に増額することで、違反に対する強烈な抑制効果を生むべきです。
⑥ 飲酒運転は「無期懲役」に これだけ社会問題になり、厳罰化され、「乗るなら飲むな」と言われ続けているのに、いまだに飲酒運転をする人間の気が知れません。嫌ならお酒を飲んで運転しなければいいだけです。故意に凶器を振り回すに等しい飲酒運転には、無期懲役レベルの究極の厳罰を処すべきです。
命を奪われてからでは遅い
ここまで読んで、「極論すぎる」「非現実的だ」「一人で勝手に言ってろ」と思う方も多いでしょう。
しかし、想像してみてください。 もし、あなたの一番大切な人が、ルールを守らない身勝手なドライバーに理不尽に命を奪われたとしたら。 あなた自身が事故に巻き込まれ、明日から二度と歩けない体になってしまったとしたら。
その時、同じように「極端すぎる」と笑って流せますか? 幸いにして私の身近にはそのような悲劇は起きていませんが、現実の日本の道路では、今この瞬間も理不尽に命を奪われ、涙を流している遺族が確実に存在しているのです。
いまだに、毎年2,000人以上もの罪のない命が交通事故で奪われています。昔に比べれば減ったとはいえ、決して許容していい数字ではありません。 命の重さを知る一人のドライバーとして、そして指導員として、少しでも多くの人が道路の恐ろしさと向き合い、みんなの力で死亡事故を「限りなきゼロ」に近づけていける社会になることを、私は本気で願っています。

