皆さんが普段街中を走っていて、前の車に対して「眩しいな」とか「走りづらいな」と感じる瞬間はありませんか? 平坦な直線道路なのに、ブレーキランプが「パカッ、パカッ」と頻繁に点灯する車。 いわゆる「パカパカブレーキ」です。
車間距離が詰まったらブレーキ、離れたらアクセル、また詰まったらブレーキ……。 これ、後ろを走っているドライバーからすると、いつ本当に減速するのか分からず、非常にストレスが溜まりますし、渋滞の原因にもなります。
なぜこうなってしまうのか? それは、**「ブレーキ=足で踏むもの」**という思い込みがあるからです。
今回は、運転のプロである指導員の視点から、本当のメインブレーキである**「エンジンブレーキ」**の重要性と、それを知らずに坂道を下る時の「死の危険」について解説します。
1. エンジンブレーキとは何か?
「エンジンブレーキ」という名前のペダルやスイッチがあるわけではありません。 運転中にアクセルペダルから足を離した時、スーッと車が減速していく力のことです。
なぜ勝手に減速するの?
アクセルを離すと、エンジンへの燃料供給が絞られます(またはカットされます)。しかし、タイヤは地面と接して回転し続けているため、逆にタイヤの回転がエンジンを回そうとする状態になります。 この時、エンジンの内部抵抗(ピストンの摩擦や圧縮抵抗など、つまりエンジンが嫌がっている状態)が、タイヤの回転を邪魔する力として働きます。これがブレーキ代わりになるのです。
ギアとの関係
エンジンブレーキの強さは、ギア(変速比)によって変わります。 自転車をイメージしてください。軽いギア(1速)で走っている時に足を止めると、ペダルが重く、すぐに止まりますよね? 車も同じで、「低いギア(Dより2、2よりL)」ほど、エンジンブレーキは強く効きます。
現代の「回生ブレーキ」
ちなみに、最近増えているハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)には、厳密な意味でのエンジンブレーキとは別に**「回生(かいせい)ブレーキ」**というものがあります。 アクセルを離すと、モーターが発電機に切り替わり、電気を作る時の抵抗で減速します。 仕組みは違いますが、ドライバーの感覚としてはエンジンブレーキと同じ「アクセルオフによる減速」の仲間です。
2. どっちが主役?フットブレーキ vs エンジンブレーキ
ここで皆さんに質問です。 「足元のフットブレーキとエンジンブレーキ、車のメインとなるブレーキはどっちですか?」
9割の人が「足元のフットブレーキ」と答えるでしょう。 しかし、私たち指導員の感覚は違います。
- メインブレーキ(主役):エンジンブレーキ
- 補助ブレーキ(準主役):フットブレーキ
極論に聞こえるかもしれませんが、これがスムーズな運転の真髄です。
運転の上手い人は、アクセルの「踏み加減」と「離し加減」だけで速度をコントロールします。 信号停止や、急な減速が必要な時だけ、補助的にフットブレーキを使います。だからブレーキランプが無駄に点灯しません。
逆に、アクセルを離しても減速しきれず、すぐにフットブレーキに頼る人は、アクセルの踏みすぎか、車間距離が近すぎるのです。 **「走るためのブレーキ(エンブレ)」で流れに乗り、「止まるためのブレーキ(フット)」**で停止する。 この使い分けができると、同乗者も酔いませんし、燃費も格段に良くなります。
3. 下り坂での重要性と「ブレーキが効かなくなる恐怖」
エンジンブレーキを使わない運転が、単なる「下手」で済めばいいのですが、場所によっては「命取り」になります。 それが**「長い下り坂」**です。
下り坂で、フットブレーキばかりを踏み続けていると、以下の2つの恐ろしい現象が起きます。
① フェード現象
ブレーキパッドとディスクローターが摩擦熱で高温になりすぎると、パッドの素材が分解してガスが発生します。 このガスが膜となり、摩擦力が極端に落ちてしまいます。 症状: ブレーキペダルを踏んでいるのに、スルスルと滑るように車が進んでしまう。「ゴムが焼けたような異臭」がしたら赤信号です。
② ベーパーロック現象
これが最も危険です。ブレーキの熱が、パイプの中にある「ブレーキ液(フルード)」に伝わり、液体が沸騰してしまう現象です。 沸騰すると液体の中に「気泡(空気)」が生まれます。空気は液体と違って圧縮できてしまうため、ブレーキを踏んだ力がタイヤに伝わらなくなります。 症状: ブレーキペダルが「スカッ」と軽くなり、床まで踏み抜けても全くブレーキが効かない状態になります。
これらが起きたら、もうパニックです。 そうならないために、長い下り坂では「Dレンジ」のままではなく、**「S」「2」「B」**などのレンジに切り替え、強力なエンジンブレーキを使って速度を抑えることが鉄則なのです。
4. トラックの「プシュ!」は何?その他のマニアックなブレーキ
最後に、少しマニアックな話を。 高速道路などで大型トラックやバスの後ろを走っていると、**「ブレーキランプがついていないのに、すごい勢いで減速している」**場面を見たことがありませんか?
実は大型車には、普通車にはない強力なブレーキシステムが搭載されています。重量級の車体をフットブレーキだけで止めるのは危険だからです。
排気ブレーキ
トラックが減速する時に「プシュー!」と音がするのはこれです。 排気ガスが出るパイプに弁をして塞ぎ、エンジンの排気圧力を高めてピストンの動きを抑制するブレーキです。ハンドルの近くにあるレバーで操作します。
圧縮開放ブレーキ(ピストンブレーキなど)
エンジンのシリンダー内で空気を圧縮し、爆発させる直前に排気バルブを開いて圧縮空気を逃がすことで、エンジンの抵抗力を最大限に利用するブレーキです。 (海外では「ジェイクブレーキ」とも呼ばれます)。「ゴゴゴゴ!」という低い音が特徴で、非常に強力な制動力を持ちます。
リターダ
プロペラシャフト(タイヤに動力を伝える軸)の回転を、電磁石の力や、液体の抵抗を使って強制的に抑え込む装置です。 観光バスなどが、ショックなくスーーッと静かに減速できるのは、このリターダのおかげです。
プロのドライバーは、これらのブレーキを巧みに使い分け、フットブレーキを温存しながら安全に巨大な車体をコントロールしているのです。
まとめ:ブレーキランプを光らせないカッコよさ
「エンジンブレーキ」は、地味ですが非常に奥が深い技術です。
明日から運転する時、少しだけ意識してみてください。 前の車に近づいた時、すぐにブレーキペダルに足を乗せるのではなく、まずはアクセルを離してみる。 それだけで車間距離が維持できるなら、あなたの運転は一歩プロに近づいています。
無駄なブレーキランプを光らせず、涼しい顔で速度調整をする。 そんな「粋」なドライバーを目指しましょう。 ただし、後続車に減速を知らせる必要がある時は、早めに軽くブレーキを踏んで合図を送ることも忘れずに。安全第一でお願いします!

