大型連休や帰省シーズンが終わると、SNS(特にX)では必ずと言っていいほど、ある「論争」が巻き起こります。 ドライバーの皆さんなら、一度は目にしたことがあるでしょう。
「道を譲ってもらったら、ハザードでお礼をするのがマナーだ!」 「いや、ハザードは非常点滅表示灯だ! サンキューハザードなんて本来の使い方じゃないし、違法だ!」
この**「サンキューハザード論争」**、いつまで経っても決着がつきませんよね。 「入れてもらったのにハザードもなしか!」と怒る人もいれば、「ハザードなんか出すな、手を挙げろ」と言う人もいる。
今回は、現役の教習所指導員である私が、この終わらない戦いに**「指導員としての終止符」**を打ちたいと思います。 教習所の教科書には本当はどう書かれているのか? 法律的にはどうなのか? そして、事故やトラブルを防ぐための「最適解」は一体何なのか?
建前と本音を交えて、徹底解説します。
1. 教習所の教科書には「やれ」と書いてあるのか?
まずは、教習所での教育内容について、事実をお話しします。 「教習所ではサンキューハザードを教えているのか?」という質問をよく受けますが、答えは**「イエスでもあり、ノーでもある」**です。
実は、学科教習の教科書(交通の教則)には、ハザードによる合図について言及している箇所が存在します。 それは、**学科教習項目11「死角と運転」**という単元の中です。
そこには、大まかにこのような記述があります。
「後続車に対し、道を譲ってくれた感謝の意を表すために、非常点滅表示灯(ハザード)を点滅させる車もいます。そのような合図の意味を理解できるようにしておきましょう」
ここが非常に重要なポイントです。 教科書は**「あなたから積極的にやりなさい(推奨)」とは書いていないのです。 あくまで、「世の中にはそういう手段で感謝を伝えてくる人がいるから、その意味を『ありがとう』だと受け取れるようにしておきなさい(受動的理解)」**というスタンスなのです。
つまり、教習所の公式見解としては、「マナーとして必須」とまでは教えていませんが、「コミュニケーションツールとして存在していること」は認めている、という絶妙なラインに立っています。
2. 法律的には「グレー」だが、警察は……?
次に、よく議論になる「違法性」についてです。 道路交通法において、ハザードランプ(非常点滅表示灯)の使用が義務付けられているのは、主に以下のケースです。
- 夜間、道路(幅5.5m以上)に駐停車するとき
- 通園バスなどが乗降のために停車しているとき
- (高速道路などで)故障等により停止しているとき
厳密に法律の条文だけを読めば、走行中に感謝を伝えるために点滅させる行為は「目的外使用」と言えなくもありません。 「違法だ!」と主張する方々の根拠はここにあります。
しかし、現場の感覚、そして警察の運用実態はどうでしょうか。 私は長年この仕事をしていますが、「サンキューハザードを出したから」という理由だけで警察に切符を切られた事例は、聞いたことがありません。
高速道路の渋滞末尾でハザードを出すのが「追突防止」という安全行動として推奨されているように、サンキューハザードも「円滑な交通コミュニケーション」として、事実上黙認、あるいは肯定的に捉えられているのが現実です。 警察官だって、パトカーで道を譲ってもらったら、軽くハザードを出したり手を挙げたりしますからね。
3. なぜここまで普及した? 「若者言葉」としてのハザード
では、なぜ法律に明記されていない「謎の習慣」が、ここまで日本の道路で一般化したのでしょうか。 私はこれを、**「言葉の進化」**と同じだと考えています。
例えば、「ヤバい」という言葉。 本来は「具合が悪い」「危険だ」という意味でしたが、今では若者を中心に「すごい」「美味しい」「感動した」という意味で使われていますよね。辞書的な意味とは違っても、みんながその意味を理解し、コミュニケーションが成立しているなら、それは一つの「言語」として機能しています。
サンキューハザードもこれと同じです。 本来の意味(非常時)とは違っても、ほとんどのドライバーが**「ハザード2〜3回 = ありがとう」という共通認識を持っています。 これだけ多くの人が認識し、使えるのであれば、それはもう「道路上の共通言語(スラング)」**として認めても良いのではないでしょうか。
4. 「手を挙げる」「会釈」よりもハザードが優れている理由
「ハザードなんて邪道だ! 俺は手を挙げるか、会釈をする!」 という硬派なドライバーの方もいらっしゃいます。その気持ちも分かります。 しかし、指導員として安全面から考えると、**「ハザードこそが最強のツール」**であると言わざるを得ません。
理由は単純。**「見えないお礼は、無いのと同じ」**だからです。
① 夜間や悪天候の問題
夜道で手を挙げられても、後ろの車からは全く見えません。 会釈も同様です。ルームミラー越しに頭を下げる動作は、夜間はもちろん、昼間でも「何か下を向いているな」程度にしか伝わらないことが多いです。
② スモークガラスの問題
最近の車は、プライバシーガラス(スモーク)が標準装備されていることが多く、後ろから車内の運転手の動きを確認するのは困難です。 一生懸命手を挙げているのに、相手には「無視された」と思われてしまう。これは悲劇です。
その点、ハザードランプはどうでしょうか。
- 昼夜問わず、確実に視認できる。
- ガラスの濃さに関係なく伝わる。
- 誰がやっても同じサインになる。
「確実に感謝の意を伝える」という目的において、これほど合理的でミスのない手段は他にありません。
5. 「正しさ」より「平和」を。あおり運転防止の観点
私がサンキューハザードを「やるべきだ(推奨したい)」と考える最大の理由は、あおり運転などのトラブル防止です。
道路上には、残念ながら短気なドライバーもいます。 道を譲ったのに、挨拶もなしに走り去られたと感じると、「俺が親切にしてやったのに!」と逆上し、あおり運転に発展するケースは少なくありません。
そんな時、ハザードが「チカ、チカ」と2回光るだけで、相手の感情は驚くほど鎮まります。 「お、分かってるな」 そう思わせるだけで、無用なトラブルを回避できるのです。
「法律的に正しいかどうか」にこだわって意地でもハザードを出さずに、後ろからあおり運転をされるのと、 スラング的使い道だとしても、ハザードを出して相手と円満な関係を築くの。 どちらが「安全」でしょうか?
指導員としての答えは明確です。 **「事故らなきゃ何でもいいけど、トラブルにならない最適解はハザード」**です。
6. まとめ:スマートな「ありがとう」の作法
結論として、サンキューハザード論争への私の答えはこうです。
「法律上の義務ではないが、円滑な交通社会の潤滑油として、積極的に使ったほうが『お得』で『安全』である」
ただし、使う際にはスマートな作法があります。
- 回数は2〜3回がベスト 出しっぱなしにすると「故障? 停止するの?」と後続車を混乱させます。「サン・キュー」のリズムで2回、多くても3回で消しましょう。
- あくまで「補助」である 一番大切なのは、無理な割り込みをしないことです。「ハザードを出せば何してもいい」という免罪符ではありません。無理やりねじ込んでハザードを出すのは、感謝ではなく挑発です。
道路交通法には書いていない、ドライバーたちが作り上げた「優しさのサイン」。 堅苦しいことは言わずに、使えるものは使って、お互いに気持ちよくハンドルを握りませんか?
もし今日、誰かに道を譲ってもらったら、カチカチっと2回。 その小さな灯火が、道路上のイライラを一つ消してくれるはずです。


