【赤坂・公用車事故】なぜ暴走は止まらなかったのか?現役指導員が読み解く「空白の8秒」と高齢ドライバーの心理

スポンサーリンク
運転上達の秘訣

2026年1月22日、東京都心のど真ん中、官公庁が立ち並ぶ赤坂で発生した凄惨な多重衝突事故。 内閣府の公用車が、官邸を出発した直後に暴走し、時速130km近い猛スピードで交差点に突っ込んだこの事故は、日本中に大きな衝撃を与えました。

「官邸を出てわずか30秒で、なぜ?」 「プロのドライバーが、なぜ?」

連日の報道で新たな事実が明らかになるにつれ、その不可解さが際立っています。 しかし、長年、教習所で多くの高齢者講習やペーパードライバー講習を担当してきた私には、この事故が「特異なミステリー」ではなく、**「高齢ドライバー特有の、起こるべくして起きた典型的な事故」**に見えてなりません。

警察の捜査結果はまだ出ていませんが、現在公開されている客観的なデータ(走行軌跡、速度、ブレーキ痕の有無)を繋ぎ合わせると、ある一つの結論が導き出されます。 それは、皆さんもお察しの通り**「アクセルとブレーキの踏み間違い」**です。

なぜ、人は踏み間違えるのか。 なぜ、若者はすぐに止まれるのに、高齢者は暴走し続けてしまうのか。 そして、なぜ飯塚幸三氏の池袋事故と同じ悲劇が繰り返されてしまったのか。

今回は、現役指導員の視点から、この事故の深層にある「身体機能の低下」と「心理的メカニズム」について、徹底的に分析します。


スポンサーリンク

第1章:衝撃の31秒間 ― 事故の全貌と不可解な点

まずは、現在までに報道・発表されている事実関係を整理します。 この数字の中に、事故の原因を解く鍵が隠されています。

事故の発生状況

  • 発生日時: 2026年1月22日(木)午後6時30分ごろ
  • 場所: 東京都港区赤坂1丁目 「特許庁前」交差点
  • 車両: 内閣府公用車(運転手は委託会社の69歳男性)
  • 同乗者: 内閣府幹部2名(重傷)
  • 被害状況: 車両6台が絡む多重衝突、死者1名(タクシー乗客)、重軽傷者8名

異常な走行データ

特筆すべきは、官邸を出発してから事故に至るまでの「時間」と「速度」です。

  1. 出発(0秒): 首相官邸を出発。本来の目的地は、目と鼻の先にある内閣府本府庁舎でした。
  2. 加速開始(22秒後): 出発から22秒後、突然アクセルが強く踏み込まれました。
  3. 時速100km超過(26秒後): 事故の5秒前には、すでに時速100kmを超えていました。
  4. 衝突(31秒後): 最終的に**時速約130km(一部報道では127km)**という、レーシングカー並みの速度で、赤信号の交差点へ進入しました。

3つの重要な事実

指導員として注目したのは、以下の3点です。

  1. ブレーキ痕がない: 衝突の瞬間まで、減速しようとした形跡が一切ありません。つまり、「アクセル全開」のまま突っ込んでいます。
  2. ハンドル操作はあった: 衝突の2秒前に、ハンドルを右に45度切っていたことがデータ解析で判明しています。これは、運転手が意識を失っていたわけではなく、迫りくる危険(前の車や壁)を回避しようと必死にハンドル操作を行っていたことを示唆しています。
  3. 目的地を通過している: 本来止まるべき内閣府庁舎を通り過ぎ、加速し続けています。

意識はある。ハンドルで避けようともしている。 なのに、足だけはアクセルをベタ踏みし続けている。 この状況が示す事実は一つ。 **「運転手は、アクセルをブレーキだと信じ込んで全力で踏んでいた」**ということです。


第2章:池袋事故との不気味な類似性

この事故のニュースを聞いたとき、私の脳裏に真っ先に浮かんだのは、2019年に発生した「東池袋自動車暴走死傷事故」です。 当時87歳だった飯塚幸三氏(受刑者)が運転する車が暴走し、母子2名の尊い命が奪われた痛ましい事故。

今回の赤坂の事故と池袋の事故には、驚くべき類似点があります。 それは、**「暴走していた時間の長さ」**です。

「空白の10秒」と「空白の8秒」

池袋の事故では、飯塚氏がアクセルを踏み続けてから衝突するまで、約10秒間かかったと言われています。 今回の赤坂の事故では、急加速(22秒後)から衝突(31秒後)まで、約9秒間。そのうち、猛烈な加速状態にあったのは約8秒間です。

この「約10秒」という時間は、人間がパニックに陥り、誤った認識(ブレーキを踏んでいるつもり)から抜け出せずに暴走を続けるのに十分すぎる時間であり、同時に、高齢者が自身の過ちを修正できない「魔の時間」でもあります。

「駐車場出口」というシチュエーション

また、事故が起きた「場所」の特性も似ています。 池袋の事故も、縁石に接触した直後のパニックから暴走が始まりました。 今回の事故は、「首相官邸」という閉鎖された敷地から、公道へ出るタイミングで発生しています。

これは、教習所やショッピングモールの**「駐車場出口」**で頻発する事故と同じメカニズムです。

  1. 出口に向かって低速で進む。
  2. 公道の流れに乗るため、ハンドルを切りながらアクセルを踏む。
  3. 合流後、車体を真っ直ぐに戻した瞬間にブレーキを踏もうとする。
  4. しかし、ハンドル操作で体のバランスが崩れたり、注意力が散漫になったりして、足が正しくブレーキペダルに移動しない。
  5. 結果、アクセルを踏み込んでしまい、車が急発進する。

今回の運転手(69歳)も、官邸を出て公道に合流し、「さあ、すぐ近くの目的地に着くぞ」とブレーキを踏もうとしたその瞬間に、悪夢が始まったのだと推測されます。


第3章:なぜ踏み間違えるのか?「高さ」と「老化」の物理学

そもそも、なぜベテランの運転手が、アクセルとブレーキを踏み間違えるのでしょうか。 「ボケていたから」で片付けるのは簡単ですが、それでは事故はなくなりません。ここには明確な身体的・物理的な理由があります。

ペダルの「高さ」の違い

皆さんは、ご自身の車のアクセルペダルとブレーキペダルの「高さ」を意識したことはありますか? 実は、多くの車種において、**ブレーキペダルの方がアクセルペダルよりも「高い位置(手前)」**に設置されています。

これは、万が一の時に間違えないよう、物理的な段差をつけて区別するための安全設計です。 ブレーキを踏むためには、アクセルから単に足を横にスライドさせるのではなく、**「一度、足先を自分の方へ持ち上げて(浮かせて)」**から、ブレーキペダルの上へ移動させなければなりません。

高齢者の身体機能低下:足が上がらない

ここに、加齢による身体機能の低下が関わってきます。 特に重要なのが、太ももを持ち上げる筋肉(腸腰筋など)の衰えと、股関節の柔軟性の低下です。

若い頃は無意識にできていた「足をスッと持ち上げる動作」が、高齢になると億劫になります。 また、本人は上げているつもりでも、実際には数センチしか上がっていない、ということが頻繁に起きます。

その結果、どうなるか。 ブレーキを踏もうとして足を動かしたとき、十分に足が上がらず、「ブレーキペダルの右側面(角)」に靴の裏が引っかかってしまうのです。 あるいは、段差を乗り越えられずに、そのままアクセルペダルを「ブレーキだ」と思い込んで踏み込んでしまう。

これが、踏み間違い事故の物理的な正体です。 69歳という年齢は、まだ現役で動ける年齢ですが、筋肉の反応速度や柔軟性は確実に低下しています。プロドライバーとしての慣れが、「足を持ち上げる」という基本動作を省略させ、横着なスライド移動を誘発していた可能性も否定できません。


第4章:若者と高齢者の「決定的な違い」

よく「若者だって踏み間違い事故を起こすじゃないか」という反論があります。 確かにその通りです。年間統計を見ても、20代以下の踏み間違い事故は一定数発生しています。

しかし、若者の事故と高齢者の事故には、決定的な違いがあります。 それは**「暴走の距離と時間」、そして「結果の重大性」**です。

若者の踏み間違い事故の多くは、駐車場でフェンスにコツンとぶつかったり、コンビニの車止めに乗り上げたりする程度の「単独物損」で終わることが多いです。 一方、高齢者の事故は、今回のように数百メートル暴走し、時速100kmを超え、多くの人を巻き込む大惨事になりやすい。

なぜか? 私は長年の指導経験から、その原因は**「非を認めるまでにかかる時間の違い」**にあると断定しています。

若者の場合:0.5秒の修正

若者がアクセルとブレーキを踏み間違えたとき、何が起きるでしょうか。 「ガクン!」と車が予期せぬ加速をした瞬間、彼らはこう思います。 「うわっ! 間違えた!」 あるいは**「やべっ!」**。

この気づきは、ほぼ瞬間的です。 反射神経の良さもありますが、何より「自分は運転に未熟だ」という自覚があるため、**「車の挙動がおかしい=自分の操作ミスだ」**と直結して考えることができます。 だから、コンマ数秒で足を離し、ブレーキを踏み直すことができます。 結果、車は数メートル進んで急停車し、冷や汗をかくだけで済みます。

高齢者の場合:永遠の8秒間

一方、高齢者、特に長年無事故無違反を誇ってきたベテランほど、この「気づき」が遅れます。 車が予期せぬ加速をしたとき、彼らの脳内では、若者とは全く違う思考プロセスが働きます。

  1. 否定: 「ワシはブレーキを踏んでいるはずだ。(長年間違えたことなどない)」
  2. 帰属エラー: 「なのに車が加速している。これはおかしい。」
  3. 誤った結論: 「車が壊れたんだ! 故障だ! 勝手に暴走している!」

この思考に至るまで、高齢者の脳は「自分のミス」という選択肢を無意識に排除してしまいます。 これを心理学用語で「正常性バイアス」や「認知的不協和」と呼ぶこともできますが、要するに**「自分が間違えるはずがない」という強固な自負**が、正しい判断を邪魔するのです。

そして、ここから「パニックのループ」に入ります。 車が加速する(故障だと思い込む) ↓ 「止めなきゃ!」と焦る ↓ 「ブレーキ(と思っているアクセル)」をさらに強く踏み込む ↓ エンジンが唸りを上げ、さらに加速する ↓ 「やっぱりブレーキが効かない! 車がおかしい!」 ↓ 全力で床まで踏み抜く(アクセル全開)

今回の事故における「時速130km」という異常な速度は、このパニック・ループの結果です。 運転手は、意識を失っていたのでも、故意に暴走したのでもありません。 **「必死になって車を止めようとして、全力でアクセルを踏み続けていた」**のです。

飯塚幸三氏は、事故後の裁判でアクセルを踏み間違えたことを認めるまでに、実に5年という歳月を費やしました。 今回の事故の運転手に与えられた時間は、わずか8秒でした。 5年かかっても認められなかった事実を、混乱の渦中の8秒間で認め、足をブレーキに踏み替えることなど、到底不可能だったと言わざるを得ません。


第5章:悲劇を繰り返さないために必要な「勇気」

この事故は、決して他人事ではありません。 明日は我が身、あるいは私たちの親が引き起こすかもしれない悲劇です。

自動ブレーキや踏み間違い防止機能(サポカー)の普及は進んでいますが、今回の公用車のように、すべての車が最新鋭の安全装備を備えているわけではありません。また、時速100kmを超えてしまえば、安全装置でも衝突を回避することは困難になります。

では、どうすれば防げるのか。 技術的な対策以上に重要なのが、ドライバー自身の**「心構え(マインドセット)」の変革**です。

「自分は大丈夫」という過信こそが凶器

こうした事故がなくならない最大の要因は、多くのドライバーが「自分はボケていない」「踏み間違いなんてするわけがない」と信じていることです。 しかし、加齢による筋肉の衰えや、とっさの判断力の低下は、誰にでも平等に訪れます。

必要なのは、**「自分もいつか必ず間違える」**という前提に立つことです。

非を認める「勇気」を持つ

もし、運転中に車が自分の意図とは違う挙動(急加速)をしたとき。 その瞬間に、これまでのプライドや経験をすべて捨てて、こう疑う勇気を持ってください。

「あ、自分が間違えているかもしれない」

車が壊れたのではありません。 足元のマットが引っかかったのでもありません。 99.9%、あなたの足が、間違ったペダルを踏んでいるのです。

この事実を、瞬時に認められるかどうか。 「まさか」ではなく「やはり」と思えるかどうか。 その**「自分の非を認める勇気」「初動の速さ」**だけが、暴走の連鎖を断ち切り、自分と被害者の命を救う唯一の方法なのです。

今回の事故で亡くなられた被害者の方のご冥福を心よりお祈りするとともに、怪我をされた方々の一日も早い回復を願っております。 そして、この悲劇的な事故が、すべてのドライバーにとって「自分の運転」を見つめ直すきっかけとなることを、一人の指導員として強く願います。