【軽井沢スキーバス事故】事故はなぜ起きた?教習指導員が事故の真相を徹底解説

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運転上達の秘訣

2016年1月15日未明。長野県軽井沢町の国道18号碓氷バイパス入山峠付近で発生した、大型スキーバス転落事故。 乗客乗員41名中、大学生を中心とする15名の尊い命が失われ、生存者全員が負傷するという、過去30年で最悪のバス事故となりました。

日本中が悲しみに包まれる中、連日報道された事故原因の推測。 「居眠り運転か?」「車両の故障か?」「健康起因か?」 様々な専門家が意見を交わす中、現役の教習所指導員である私は、ある強い違和感と疑問を抱いていました。

「なぜ、あんな緩やかな下り坂で、プロのドライバーが制御不能に陥ったのか?」

事故から数年が経ち、運転手の方も亡くなっているため、真実は永遠に闇の中かもしれません。しかし、公開された事実や現場の状況、そして大型車両の特性(エアブレーキやシフト操作)を指導員の視点で紐解いていくと、ある一つの「悲劇的なシナリオ」が浮かび上がってきます。

今回は、決して風化させてはならないこの事故について、運転手の視点に立ち、なぜ防ぐことができなかったのかを検証します。 ※本記事は確認されている事実に基づく私独自の考察を含みます。


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1. 事故の概要と現場検証

事故は、群馬県から長野県方面へ向かう碓氷バイパスの緩やかな下り坂で発生しました。バスはガードレールを突き破り、道路脇の斜面に転落。車体は原形をとどめないほど大破しました。

現場を見て感じた「違和感」

事故の約5ヶ月後、私は実際にバイクで現場を走ってみました。 「祈りの碑」に手を合わせ、現場の道路状況を指導員の目で確認した時、最初に感じたのは**「拍子抜けするほどの走りやすさ」**でした。

  • カーブの緩やかさ: 事故現場付近は非常に緩やかなカーブです。群馬県側(手前)の方(下写真赤ライン)がカーブの半径(R)は小さく、本来ならそちらの方が運転は難しいはずです。難所を越えた後の、緩やかな場所で事故は起きていました。
  • 斜度の変化: 全体的に緩やかな下りですが、現場手前(下写真)には**「下り勾配8%」**の標識があります。これは100m進むと8m下る計算で、高速道路の下り坂よりも急です。緩やかに見えて、スピードが乗りやすい「魔の区間」だったと言えます。
  • 下り始めてすぐの事故: 碓氷バイパスには多数のカーブがありますが、下り坂が始まってからわずか4つ目のカーブで事故は起きていました。つまり、下り始めてすぐに制御不能に陥った可能性が高いのです。
Googleマップ ストリートビュー
Googleマップ

「こんな場所でなぜ?」 その答えを探るためには、事故の裏にあった「2つの謎」を解く必要があります。


2. 謎①:なぜ正規ルートを変えたのか?

本来、このツアーバスは「上信越自動車道(松井田妙義IC〜)」を利用して斑尾高原へ向かう計画でした。しかし、バスは高速を降りずに通過し、下道の碓氷バイパスへ進入しました。

Googleマップ

推測される「変更の理由」

これは間違いなく、**「経費削減」と「現場の独断」**によるものでしょう。

  • ベテラン交代要員の判断: 事故車には、運転経験の浅い当事者運転手のほかに、50歳代ベテランの交代要員が乗っていました。彼は過去にも、渋滞回避などの名目で勝手にルートを変更し、高速料金を浮かせていた可能性があります。
  • 帳尻合わせ: 本来降りるはずのインターを通過し、別の場所まで高速を使ったことで料金が発生。その分を取り戻すために、松井田妙義ICからは下道(碓氷バイパス)「※本来であれば上信越道(高速道路)を利用するはずでした」を選んだと考えられます。

ベテラン運転手にとっては「いつもの裏道」だったのかもしれません。しかし、ハンドルを握っていたのは、大型バスの経験が浅い60歳代の運転手でした。ここに悲劇の種が撒かれていたのです。


3. 謎②:なぜ時速100kmも出ていたのか?

監視カメラの映像によると、事故直前のバスは時速約100kmで暴走し、遠心力で車体が傾いていました。 ブレーキランプは点滅していましたが、減速できていませんでした。 なぜ、ブレーキが効かなかったのでしょうか?

事故直前の映像はこちら
https://video.mainichi.jp/detail/video/5714062321001
(毎日新聞)

ベーパーロック現象ではない

よく言われる「下り坂でのブレーキ多用によるベーパーロック現象(ブレーキ液の沸騰)」ですが、これは大型バスには当てはまりません。 大型車は油圧ではなく**「エアブレーキ(空気圧)」**を使用しているため、沸騰する液体そのものが存在しないからです。

可能性が高いのは「エア切れ(バタ踏み)」

エアブレーキの弱点は、短時間に何度もブレーキを踏んだり離したり(バタ踏み)すると、タンク内の空気を使い果たし、ブレーキが効かなくなることです。 初心者がパニックになり、何度もブレーキペダルをあおった結果、肝心な時にエア切れを起こした可能性があります。

致命的だった「ニュートラル」の状態

事故後に引き上げられたバスのシフトレバーは、なんと**「ニュートラル」**の位置に入っていました。 これは指導員として見過ごせない、極めて重大な事実です。

ニュートラル状態では、エンジンの動力がタイヤに伝わらないため、エンジンブレーキも、それを補助する排気ブレーキも一切効きません。 ただの重たい鉄の塊が、坂道を転がり落ちていくのと同じ状態です。


4. 教習指導員が導き出した「事故の真相(仮説)」

以上の事実を繋ぎ合わせると、車内で起きていたであろう恐怖のシナリオが見えてきます。

  1. 想定外のルート変更 経験の浅い運転手は、ベテランの指示で慣れない碓氷バイパス(下道)へ入ることを余儀なくされた。
  2. 突然の下り坂とシフトミス 入山峠を越え、勾配8%の下り坂に入った。バスは重力で加速を始める。 運転手は速度を落とそうと、高いギアから低いギアへシフトダウンを試みた。 しかし、大型車のギアチェンジは回転数を合わせる技術(ダブルクラッチ等)が必要な場合があり、焦った運転手はギアを弾かれ、シフトがニュートラルに入ってしまった。
    または、下り坂に入ったところで、ニュートラルに入れることで下りの勢いに任せた惰性走行をした可能性もある。いずれにしても経験の浅い運転手の知識不足によって、危険な状態になってしまった可能性が高い。
  3. 再操作の失敗とパニック 加速していくバス。慌ててギアを入れようとするが、速度とエンジン回転数が合わず、ギアは鳴るばかりでどこにも入らない。 バスは「ニュートラル(ノーブレーキ)」状態でさらに加速する。
  4. 知識不足による「エア切れ」 「止まらない!」とパニックになった運転手は、フットブレーキを何度も激しく踏みつけた(バタ踏み)。 その結果、エアタンクの空気を使い果たし、頼みの綱であるフットブレーキまでもが機能を失った。要するに全くブレーキが効かない状態で下り坂を駆け降りた。
  5. 制御不能、そして転落 エンジンブレーキなし、排気ブレーキなし、フットブレーキなし。手前のカーブで左側面を接触させた後、肩輪走行な新田と言われている。その状態で 時速100kmを超えたバスは、物理法則に従ってカーブを曲がりきれず、ガードレールを突破した。

5. おわりに:二度と繰り返さないために

亡くなった運転手も、決して悪意があったわけではないでしょう。 しかし、この事故の原因を「運転手の技量不足」だけで片付けることはできません。その背景には、事故を誘発した**「3つの構造的な欠陥」**が存在します。

① 新人ドライバーに対する教育訓練不足

事故を起こした運転手は、大型バスの運転経験が浅かったとされています。それにも関わらず、エアブレーキの特性や排気ブレーキの使い方、そして山道でのシフト操作といった「命に関わる技術」の教育が不十分なまま、難所を含むルートに送り出されていました。

② 現場判断で勝手にルート変更をしてしまう運行管理体制の甘さ

本来、運行ルートは管理者が厳格に定め、監視すべきものです。しかし、現場ではベテラン運転手の判断で、連絡もなく高速を降り、危険な峠道への変更が常態化していました。それを黙認、あるいは把握していなかった会社の管理体制(ガバナンス)の欠如こそが、悲劇の引き金を引きました。

③ 格安スキーツアーであるが故の「過密運行」

そして根本にあるのが、「安さ」を追求するあまり歪んでしまったビジネスモデルです。 国の基準を下回る運賃で受注し、利益を出すためには、高速代をケチり、人件費を削り、無理なスケジュールで多くのバスを走らせる必要がありました。 「安全」よりも「利益」と「回転率」を優先した結果、しわ寄せが現場の運転手へ行き、最終的に罪のない学生たちの命を奪うことになったのです。

15名の未来ある若者たちの命は、もう戻りません。 この事故を教訓に、現在は貸切バスの安全性評価制度や法整備が進んでいますが、私たちユーザー側も「安すぎるツアーにはリスクがあるかもしれない」という意識を持つことが大切です。 二度とこのような悲しい事故が起きないよう、業界全体の安全意識が変わり続けることを祈っています。