〜「運転に自信がある」その自信が一番危ないかもしれません〜
はじめに
「高齢ドライバーは危ない」
ニュースやSNSなどで、こうしたフレーズを目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。
しかし、なぜ高齢者の運転が“危険視”されるのか? その本質的な理由について、じっくり考えたことがある人は意外と少ないかもしれません。
この記事では、現場の教習指導員として高齢者講習を数多く担当してきた筆者の経験をもとに、「高齢ドライバーが本当に危ない理由」を、統計データや運転現場の実態から掘り下げていきます。
1. 高齢者の事故実態 ― 数字が物語る現実
警察庁の統計資料によると、運転免許保有者10万人あたりの死亡事故件数を法令違反別・年齢層別で見ると、高齢者層(特に75歳以上)の事故率が他の年齢層に比べて明らかに高い傾向にあります。
特に次のような傾向が見られます:
- 安全運転義務違反(脇見、漫然運転、操作ミスなど)
- 交差点関連の違反(信号無視、一時不停止、右左折方法違反など)
- 歩行者妨害(横断歩道の歩行者妨害など)
これらは「認知力の低下」「判断力の鈍化」「経験による過信」が重なった結果といえるでしょう。
2. 空白の50年 ― 一度も更新されていない運転知識
20歳前後で免許を取得し、それ以来一度も運転に関する教育を受けていない。
そんな方が多いのが高齢ドライバーの特徴です。
これは俗に「高齢ドライバーの空白の50年」と呼ばれています。
思い出してください。
50年前の運転環境はどうだったでしょうか?
- シートベルトの着用義務なし
- 二輪車のノーヘル走行が当たり前
- 飲酒運転が常態化
- 「交通戦争」と言われるほど事故死者が多かった時代
昭和45年(1970年)の交通事故死者数は 16,765人。
2023年現在では 約2,600人 まで減少しています。
これは制度が改善され、人々の安全意識が向上した結果でもあります。
しかし、その当時の運転感覚のまま現在も運転を続けているとすれば――それは確かに「危ない」と言わざるを得ません。
3. 誰にでも訪れる身体機能の低下
どれだけ健康に自信がある方でも、加齢による身体能力の低下は避けられません。
- 動体視力:動いているものを見る力
- 夜間視力:暗い場所での視認能力
- 判断力・反射神経:とっさの判断や操作
- 記憶力・注意力:周囲の状況認識や標識の見落とし
- 柔軟性・筋力の低下:操作ミスや反応の遅れにつながる
特に視力関連(夜間・動体視力・水平視野など)は、高齢者講習の中でも明確な数値で現れます。
こうした変化に自分で気づかず、これまでと同じように運転を続けてしまうことが、事故のリスクを高める要因になります。
4. 長年の運転経験が生んだ「過信」
かつての高齢者講習では、受講者に「あなたは運転に自信がありますか?」というアンケートを取っていました。
驚くことに、ペーパードライバーの方を除いて「自信がない」と答えた方はほとんどいませんでした。
しかし、長年の運転経験=安全な運転ではありません。
「自分は大丈夫」
「今まで事故なんて起こしたことない」
「家の周りしか走らないから平気」
その過信こそが、最も危険です。
ブレーキとアクセルの踏み間違い事故も、こうした“自信”と“過信”が原因になっているケースが多く見られます。
▶︎ ブレーキとアクセルの踏み間違い事故の原因と対策はこちら
5. 本当に運転が上手な人は、ごくわずか
私自身、これまで数千人以上の高齢ドライバーと向き合ってきましたが、「この人は本当に運転が上手い」と思えた方は、たった1人だけでした。
その方は、元教習所の指導員だったということが後でわかりました。
裏を返せば、それ以外の方はすべて、何らかの運転上の危うさを持っていたということです。
運転は「技術」や「知識」だけでは成り立ちません。
「謙虚さ」「注意深さ」「他人への配慮」といった“心のあり方”も非常に重要なのです。
まとめ|「自信がある人」こそ見直してほしい
「50年事故を起こしていない」
「普段から運転しているから問題ない」
そんなふうに思っている方こそ、ぜひ一度立ち止まって考えてみてください。
いま一度、運転に対する自分の姿勢と実力を見つめ直す機会にしていただければと思います。
高齢ドライバーが危ないのではなく、危険を自覚しないまま運転を続けることが危ないのです。